2016年12月28日

「あれらはどこに行ったのか? 」誰しもどこか思い当たる物語。

角田さんの『なくしたものたちの国』を読んだ。
とても悲しく切なく、そしてときに怖くもあり。でも最後はホッとするような。それでも底に流れ続ける感じ続けている寂しさは最後まで拭えない-。そんな読後感だった。
「あれらはどこに行ったのか? 」誰しもどこか思い当たる物語。
誰にでもあるのでなかろうか、お気に入りだったのに気がつかないうちになくしているモノ(あるいはコト・思い出)が。それらは一体どこに行っているのか? 考えてもみなかったが確かにそうである。自分を振り返ってもあるある。たくさん作ったプラモデル。買い続けたファミコンソフト。あれらはどこへ行ったのか? もちろん、捨てていたり、誰かにあげていたりはするだろう。しかしそれだけではなく、どこかへいつのまにかなくなってしまったものだってきっとある。あれがなくなった、なんて気づけばまだいいほうで、なかにはなくしたことさえ忘れてしまっているモノ(コト・思い出)も少なからずありそうである。(小説の中では思い出・キオクもいろいろ描かれている)

でも悲しくなる必要なんかない、それらはきっとまたどこかで巡り会えるのだから-。生まれてから死ぬそれまでの間、あるいはそれ以後でも-。それがカタチを変えてでも…。そう訴えてくる物語だった。同時にそれは“死生観”についても否応なく考えさせられることになるのだが。

まったく角田さんの書く小説の幅の広さ、そして多様な世界観には毎度のことながら圧倒させられっぱなしである。
これもおすすめの一冊となった。角田さんの読書会ではテーマに取り上げないが、ぜひ読んでいただきたい。
あなたも大切なキオクやモノがこれからどこかで浮かび上がってくるかもしれない。それがいつかはわからないが。



Posted by つばめ at 15:05│Comments(0)
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